日記

ただの日記

スパイダーマンの映像表現に痺れた

 

先日、スパイダーマンのアニメ映画『アクロス・ザ・スパイダーバース』を観たんですが、これが滅法面白くて痺れた。

もう最初の30分でもっていかれた。グウェン推しだし。手から糸飛ばして重力操作?で飛び回る浮遊感を感じたのは映画初かもしれん。悲しいシーンでは背景が油絵タッチになっていたり、絵の具の滴りで涙を表現したり、見たことねーなこういう表現と思いながらワクワクしてた。泣きのシーンでは涙を流さず眼鏡を曇らすとか、雨を降らせるとか、映画あるあるではあるんか・・・。いやぁでもすげかったな・・・。

単純に毎回同じCG映像で構成されていなくって、油絵表現が入ったり、2次元のキャラクターが映像の中に入ってきたり、漫画のコマ割りが入ってきたり、性質の違うもの同士が融合してセンスばりばりの一体感が生まれるのは驚いたなー。

全世界の才能ある人が最高にお金をかけまくってセンスましましで作っている感じ。

いやぁ、面白かったです。内容はそんなによくわかってないんだけどね。

人間が演じているスパイダーマンの方は2ぐらいまでしかみてないし、アメコミも読んでないのでキャラクター相関図がわからん。SF知識もないからパラレルワールドの別次元世界に影響を与えたら、元いた世界に影響を及ぼすとかわからんし、頭も悪い。

 

でも面白かったなー映像最高、グウェン推し、次回は映画館で観たい。観た後感想を紙に殴り書きした。しかしながら感想語彙が底辺と読解力がないのでうまく表現はできなかった。

 

 

 

何かに没頭しているときは悲しいことも嫌なことも忘れられるけど、ご飯食べているときとかストーブあたってゆっくりしていると猛烈な悲しさを感じて泣く。ある程度のところまで達成したら死んでもいいかもなと思ったり・・・でも十中八九死ねないからいかに自分の心身にダメージ負わないように、自分を傷つけないように過ごしたほうがいいよなーと思いながら、なんとか生きてます。日常生活を送るのが困難になるほど自分で自分を傷つけたくないから・・・。

とはいえ、油断をすると黒いものに持っていかれそうな足場の危うさも感じている次第。具体的には肩が張ってきて緊張する感じ。親不孝な駄目な奴という思考や後悔とともに。波があるなー。

 

次は、『トップガン マーヴェリック』を攻めます。休みます。

 

 

元気がないですね

ブログ全然更新していない。

なんだか一つのテーマで自分の勉強したいことを学びながら、理解したことや悩んでいることをブログに書いていけば、より効率が上がったりモチベーション維持できるのかもなと思うけどやっていない。

仲間ができたり人にみられたりしたほうがやる気もあがりそうなんですけどね。

 

でも、コメントの返信返しに気を使って試行錯誤したり、依存して無駄に時間使っちゃいそうだからな・・・。スターマークも押してくれたらうれしすぎて、興奮しすぎてブログ書きすぎちゃうしな・・・。

一つひとつの受け取り方が敏感すぎる。

 

 

2月に入ってから調子を落としている。敵がいなくなったからかな、何だか相手の対応に不適切な箇所が出てくると視野が狭くなって本来の目的とはズレていたのかもしれないけど、なんだかパワーが出なくなったな・・・。

なんのためにしてるだ・・・・。

 

 

この前、たまに話す人から「自分のことを愛していないと、人からの愛を受けられないよ」と言われた。自分が愛を受ける資格があると思っていないと、人が愛をくれてもきっちり受け取れないから相手が困ったり、逆に自分からも離れていったりすることになるよ、と・・・。(友人としての愛とか、恋の愛とか含めて)。

核心をついていて少し泣いた。そのくせ孤独で寂しくて心と心の交流を奥底では求めているのにね・・・。

そのあと、ほら、おばあちゃんも「ありがとう」って笑顔で喜んでるよ、と言われて号泣した。いや、会わせる顔がないんです・・・と心の中では思っていたけど理由はいわなかった。こちらの身の上のことをまったく話していない人なのに、なんだかなぁ。

スピリチュアル?

 

 

『線は、僕を描く』を観る。泣いた。『スラムダンク』を観る。泣いた。

面白いとか面白くないとか関係なく、死につながる映像が見えると泣く。

会いたいな、会いたいなと悲しくなる。会いたくて会いたくて、会いたくて口腔で嗚咽する。

 

自分が人と交流する上で駄目なところが見つかったり、やるべきことが上手く進んでいないことで落ち込んだり、3つ同時。

完璧目指してんの?

 

 

父から「今月家族の集まりはいつ頃に決まった?」とメールが入っていた。

折り返しの電話をして「いやー、調子悪くてあまり進んでないから、早くても今月の末頃になるかなー整理も少ししただけで疲れるしな・・・」と伝えると「そうだな、疲れるわなー、だけど完璧にしてや!」と言われる。

「いやいや、完璧とかいわれると疲れるから止めて・・・」

そういえば父はこういう人(ノンデリカシー)だったなと思い出す。離れているから許せるけど距離感近すぎるといざこざの素になるだろうな。

聴覚情報からの読解力が不足してるんだと思う。あと、自分の言葉が相手にどう伝わっているかの認識と表現力も。だから他人への配慮が足りない。そしてその血は自分にも受けついでいるんだろうなと考えると、未来はないと悲しくなる。でも冷静に考えると良い人ではあるんだよな、だから自分も大丈夫かとは思う。

 

 

アマゾンで漫画が33円とか99円のセールしてる。コミックビーム系の漫画、買お。

『化け猫あんずちゃん』が今年映画になるみたい。見に行こ。

なんか綺麗な景色、見に行こ。

 

おじちゃん疲れちゃったよ。

あーあ、頑張らんとこ。休も。

 

 

 

膝が痛い

お酒を飲んだ。

今日の夜は母の病気のことで調べることや、片づけないといけないことはあったんだけど、別にそれほど飲みたい気分でもなかったんだけど、でもな・・・1日の最後は楽しく終わりたいよねってことでお酒を飲んだ。

 

250㎖飲んだところで病院から連絡があった。「血圧が少し下がっているぐらいです、酸素マスクも入れされてもらってますが、急変しているというわけではないんです。だけどちょっと様子が普段より違和感があるのでご連絡させてもらいました。面会されます?」

 

まじか、ビール飲んじまったよ。車出せねえじゃん・・・。

「5分ちょっと考えさせてください。また連絡します」

父に電話をする。

「どしたん?こんな時間に。何かお母さんあったん?」

「うん、まぁそんなに悪くなさそうだけどどうする?俺一人で行ってこようか?たぶん大丈夫だと思うし」

てな感じで家族と兄弟に連絡をいれて一人で面会に行くことにした。しまったな、タクシーを呼ぶ必要がある。車を使えたら兄も途中で拾って病院に面会に行けたところ、タイミングが悪いな。でもいつその万一タイミングがあるかどうかを恐れて、夜に何も娯楽をしないわけにもいかないし、まぁ仕方がない。行かないことで後悔もしたくない。ちなみにタクシー代金は3800円だった。(この件があってからは、一刻も早く駆け付けるためさすがに禁酒中)

 

最初、看護師さんの電話での話ぶりだと大丈夫そうだったのでお断りしようかと思ったけど、しかし、念のためにということで面会に行く。結果行ってよかった。

たしかに母へ問いかけても反応が非常に悪い。看護師さんが手の皮膚を引っ張って刺激を与えてくれているがそれでも反応が悪い。つい先日は悪いなりにも笑顔が見られていたのに・・・。

「こんな風に意識がはっきりしていないのは、普段なら寝ている時間だからですか?」

もう夜中の0時を回っている。

「いや、いつもはねもう少し反応がはっきりとあるんですよ。お顔も普段と違いますし、身体も緩んでいるんです。それで何もなければ良いんですが、何というか長くいろんな方を見ているので勘といいますか・・・勘でお呼びして申し訳ないんですが・・・」

「いやいや、勘大事っす。最悪の事態を想定して連絡くださったほうが家族としても嬉しいです」(実際はこんなにテキパキはっきりとは言えない)

「そうそう、そう思いまして連絡させてもらったんですよ」

 

面会中、母に「大丈夫だいじょうぶ・・・」と声をかけてあげた。手をさすったり肩をさすったりしてあげながら顔を見ていると少し目を開いたりするときもあるけど、

どこか意識がそのまま遠のいていくような朦朧としている。

危ないかもな・・・という思いがよぎる。母の口からもれる口臭が自分の鼻にツーンと響く。10分ぐらいの面会ということだったので、毎回無理いって面会させてもらっていることも多く、できるだけ時間を守ろうと努めた。

ご連絡をくださった看護師さんにお礼をいって病院を後にする。

 

タクシー代もったいないし、帰りは歩いて帰るかと夜道をひとりぽつぽつと歩く。10年前から歩くと膝が痛くなるので、途中4回ぐらい休憩したけど、考え事しながら歩いていたら気が付いたらすぐに地元についていた。2時間が一瞬だった。

 

デカビタCを5年ぶりにぐらいに購入する。

自販機から缶が出てきた時にショックだった。デカビタは瓶やろ。

 

 

帰ってきてブログを書く。今の時刻2時57分。母の手をさすっていた左手の消毒液の匂いはもうないなぁ。

一つ一つの選択が後手に回っており、決断まで時間がかかる自分の駄目なところや、他人への配慮で自分本位に動きづらい問題が露わに感じられ傷つけられる。自分の駄目なところを理解して、苦手な部分はもっと手伝ってもらえばよかった、もっと家族を動かせればよかった。もう少し先生を信頼すれば良かった、それならできたはずだ。人の命かかってるんやぞ!ちきしょう。

 

幸せになれる、と心に呟く。

 

 

 

 

 

半年ぶりぐらいに鯛のあら煮を作る

できるだけ心身の健康を損なわないようにしないとなあ・・・と、半年ぶりぐらいに鯛のあら煮を作った。最近スーパーのお惣菜の揚げ物ばかり食べてるから。

魚売り場で30%OFFの鯛のあらを見かける度に作るのが手間なので自分一人のために料理するのもな・・・と通り過ぎていたけど、前に居たでかい鞄をもったお兄ちゃんがカゴにいれたので、触発されて自分も購入。辛くても人生生きていくしかないので、できるだけ心身の健康には気を付けないといけないなと最近思ってはいるからね。思ってはいる。

熱湯にくぐらせて血合いをとる下処理がめんどい・・・。二度とやりたくないけど旨いな・・・。下処理しないバージョンも今度試してみるか・・・。

 

 

はあーぁ、元気ねぇな。こんな愚痴ばかりいうブログをするつもりなかったのに、そんなブログを書く人の気持ちすらわからなかったのに、気が付いたら愚痴ぐちとネガティブなことばっかり発してしまっている。これが一人身の孤独か。このまま人生終わるのやだな。もう少し自ら行動して息抜きになること探さなくては、と思うけど結局のところ一人で楽しいことしてもつまんねぇもんなんですわ。

 
 
万一のことを考えて慌てたくないので、遺影写真を探す。整理していると、笑顔の母が多くって泣けてくる。ごめんな、一番家族が守ってあげないといけなかったのにできなくって、泣いた。でも、あまりに悲しみすぎると自分の残りの人生がえげつないほど大変になるのはわかっているので、あんまり精神的自傷行為をするわけにはいかないのよ。ほんっと。ここ2か月で2回ほど心の病気になりそうな気配がしたし。さくっと自分自身が死ねたらいいけど、きっとそんな根性ないし、無理だし、生きるしかないんだよな。ごめんな母さん、あんまり母を想って悲しみすぎることも自分の今後のためにできないんだわ・・・。
 
 
「母の状態が悪くなったのは俺のせいだ・・・取返しがつかない・・・」と自分を傷つけるような悲しみは注意しようと心に決意しても、でも時間が経つとまた悲しんでキャパオーバーのお酒を飲んで死にそうになる。継続感がねぇ。あまり自分を傷つけるのはよくないんだったなと決意目標に気がついて思い出して、最初に戻る。その繰り返し。
サクッとスパッと死ぬことはできないんだな・・そんな甘いもんじゃないんだよ。かといって心を壊して毎日過酷な日常を送るのは怖すぎる。
生きるしかねぇ。できるだけ心身健康に生きるしかねぇ。人生の大事なことは備忘のためにリマインダーセットしとく必要あるんとちがいますか。

 

とりあえず蒸し暑いのでパンイチで日記を書く。パンツの先っちょがほつれてきてる、結構ほつれてるな・・・買い替えないと。このままだと有事の際に「いやっ、今日はちょっとやばいパンツだから駄目なんよ、ほんっとほんっとパンツやばいねん」って、理由になってない理由でお断りすることになると・・・まぁそんな有事ないんだけど。ちぇっ。

あーぁ、ふかふかの布団で寝たい。

 

 

 

 

 

 

はーぁ

良いことがないなぁ、良いことない、何をしてもだいたい悪い結果が起こってしまう。はーぁ、良いことがねぇなぁー。

世の中の人はいったい何で気分転換をしたり、人生の楽しさを少し感じたりしているのだろうか。いや、そりゃ自分だって夕食に少し美味しいものを食べるとか、お酒を飲むとかはあるけど、なんだか孤独を感じるときのほうが多い。

てか、罪悪感。

母親の写真をみると、もっと自由にさせてあげればよかったなとか、もっと好きなものを好きなだけ食べさせてあげればよかったなとか、もっと自分が医療的に無知じゃなかったらよかったなとか、いつ急変するかもわからない状況の中過ごしていると後悔ばかりが思い浮かんでしまう。もう取り返しがつかない。

 

なんだかなぁ、みんなどうやって生きてんすか。みんなどうやって罪悪感と向き合って前に進んでるんすか。後悔があるから次はそうしないでおこうと思って頑張ってるのかな、償いとして。他人にはそう思えても身内だとなかなか難しいや。

また、母が最期の言葉として自分へのメッセージとして人生訓を教えてくれたとか、そんな自己中心的な発想できないもんな。寝たきりになんて誰だってなりたくないでしょ。

スーパーでゆっくり商品を選んでる時にとんでもなく孤独になる。頭の中で「ごめんなあ、ごめんなぁ、ごめんなぁ」と母を想ってると涙が出そうになった。

 

はーぁ、1年ぐらい前にインターネットで知り合った人に「おっぱいが気になりますなぁ」と言ったらそれ以来連絡が取れなくなったことをここに報告させていただきます。

ムラムラしてる時に異性と話すことは厳禁。みんな気をつけて。

 

ゲオに行くとカーテンレールの向こう側から70代のおじいちゃんが颯爽と出てくる、

エスカレーターを下っていると、反対レーンに女子高生が居てその最後尾にいたおっさんが身体をクの字に曲げてパンチラを見ようとしていた。

スーパーに買い物行くとスキニーパンツを履いたお尻のセクシーな地味なおばちゃんが棚卸をしていた。タイプだ。

若い子達がキラキラした目で笑いあっている。夢と希望と浅はかさしかねーな。最高やん。

 

生きねば!

夏の雲が力強くもくもくしてる。

 

 

日めくりカレンダーを作る

あーぁ、入院している母が少しでも元気が出てくれないか、少しでも刺激になってくれないかと思って日めくりカレンダーを作る。

家族が諦めたら終わりなんすわ。

 

 

リングノートに写真をペタペタ貼って、

 

 

 

 

母の好きな高橋大輔も貼って、もちろん家族の写真とか孫の写真とかも貼ったりしてさ、

 

 

 

裏に厚紙の土台を貼り付けて、

 

 

 

 

日めくりカレンダーの完成ですわ

 

夕方の明るさ

最近は夕方になっても日が落ち切らず、19時頃でもまだ明るい。

病院に行ってきた。先生からいろいろ説明を受ける。施設で起きたことも質問してみる。入院中なかなか話せる機会も無いということで、50分ぐらい話してくださる。

「今まで誰と介護をしてきたん?」、「一人でやってました」

「大変やったなー」、「そうですね・・・つい先日までは元気だったんですけどね・・・」と泣いてしまう。「頑張りやー」と肩を叩かれ、看護師さん達がほほ笑む。



一人でやってました、と答えはしたけれども父が隣にいたのでこの場では「父に時々手伝ってもらったり、福祉関係の皆さんにお世話になりながらやっていました」と答えたほうが良かったなと反省。その方が病院内で父に恥を欠かせることもなかったし、介護前半戦は手伝ってくれていたし、しまったなと、どうも自己中でいけねえや。

 

あーあ、何を目的に生きていけばいいんでしょうね。生きる目的が無くなっちゃった。この罪をどうすれば許してもらえるのか?、いやいや俺だけのせいじゃねえ!という悔しい気持ちもあって交互に入れ替わる。自分にできることで他の人が同じ後悔をしないで済む方法が何かないものだろうか?と考える。罪悪感と償いを考えるし、きっと今後も考えていくと思う。

介護施設は医師が常駐していない(ところが多い)ので病気になった利用者さんをいつ病院に連れていくのか、これは今もよく議論されている問題なんですよ」と先生が言った。



何だか元気ないや。身体が重たくって自宅で横になっていると余計に身体がだるく気力も減少してくるので、無理をしてドライブがてら大きな公園に行く。見知らぬ土地は顔を上げて景色を見るので気分転換になる。普段だとついつい下を向いて落ち込んじゃうんだけど。車を運転する帰り道疲れていることもあってやはり落ち込んでくる。いかんいかん、自分が落ち込んで集中力欠いて事故するのは構わないけど、それで他人様を巻き込んでしまったら洒落にならないわと運転に集中する。



あーあ、生きる目的がない。



最近は19時頃でも明るいなー。